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由緒

延喜式内大社

伊和志津神社は、延喜の御世から近郷の尊崇を集めた宝塚随一の古社です。
式内の大社として、延喜式神名帳にも記載されています。
延喜式とは養老律令の施行細則を集大成した法典で、平安中期の927年に
編纂されました。
9、10巻が神名帳で当時の官社とされていた神社の一覧です。
それ以前の記録では「日本三代実録」に貞観元年(859年)
従五位下を授かるとありますので、正確な創祀は不明ですが、古代から朝廷と
つながりが深かったことがわかります。

由緒
伊和志豆神社の石碑

伊和志津神社から伊和志豆神社へ

現在は伊和志津ですが、その昔は伊和志豆と記されていました。
文字が変わった時期や理由はわかっていませんが、
境内にある手水舎横の碑(明治27年建立) には
伊和志豆とありますので、変更はそれ以降だと思われます。

言い伝え宝塚市教育委員会提供

言い伝え

戦国武将・加藤清正が、朝鮮出征のとき虎を生け捕りにして連れて帰りました。
しかし、豊臣秀吉のいる大阪城内では危険で虎を飼うことができません。
そこで広い境内を持つ当神社の藪で飼うことになったといわれています。
虎は肉食ですが、当時は肉など手に入りません。
仕方なく犬を与えようとしたところ、その犬が猟犬で虎に咬み付いてしまいました。
大切な預かりものの虎ですから大変です。
村の役人が大阪の奉行所に相談すると「犬に咬まれるような虎など、すてておけ」
ということになりなんのお咎めもなかったということです。

神紋

御祭神

須佐之男命(スサノオノミコト)は厄病災難除の神、学問の守護神、縁結びの神、
開発(生産)の神として御神得を発揚される神であります。
末社の宝塚水天宮は安産の神、水の神、商売の神である安徳天皇をお祀りしています。
愛宕社は迦具土神(カグツチノカミ)を祀り、火の守り神です。